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2008年08月30日

チェントミリア・かみつえ・・・さあ、出発だ!

チェントミリア・かみつえ・ラリー  いよいよスタート・・・

fina-aso-チェントミリア・010

サーキットに出ている当時のFINA OIL の看板・・・


fina-aso-チェントミリア・022

この日の協賛各社からの商品郡・・・結構いい商品があるな〜



fina-aso-チェントミリア・011

スタート前のドライバズーミーティングの様子



fina-aso-チェントミリア・021

早朝、ホテルの駐車場に集合、午後のスタートに向けての説明風景


fina-aso-チェントミリア・017

阿蘇オートポリスのスタート地点

fina-aso-チェントミリア・016

出走予定車両の記念撮影の様子

さあ、いよいよ出発だ!
posted by 博 at 12:27| 東京 ☔| ランチャデルタインテグラーレHF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

FINA ランチャの思い出・・・阿蘇プリンスホテル 1

FINAランチャとFINAインプレッサを持ち込み、

サーキット走行会やチェントミリアのイベントラリーへ行ったときの思い出・・・

懐かしいシーンをご覧ください・・・


出発の朝

fina-aso-prince-p2

早朝の阿蘇プリンスホテルの駐車場にて

fina-aso-prince-p

静かにたたずむFINAラリーマシーン

fina-hf-ip

出走を待つチェントミリア参加車両・・・

fina-aso-hf-ip

今回は2002年に開催された第二回チェントミリア・かみつえ

のなつかしの写真を

何回かに分け、面白そうな写真も含め、ご紹介したいと思います

あれっ・・・この車どこかで見た事があるな

そんな記憶がある方、一度サーキットで走ったことがあるよ

そんな方が見ていらっしゃったら、ぜひコメントをください・・・



posted by 博 at 16:41| 東京 🌁| ランチャデルタインテグラーレHF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月24日

FINA ランチャデルタインテグラーレ …1



2002年4月 九州オートポリス、チェントミリアにて・・・

FINA oil をまだ販売していたころの思い出・・・

fina-aso-ランチャ

それなりの性能をもっていた車だ!
275馬力 トルク33.5kg 車重1325kg(ロールバー等込)

fina-aso-キャリアカー

パーキングでとまっていると必ず写真撮影をされていた・・・決まっていた

fina-aso-sato

当時はまだハンドルを握ってそれなりに走りこんでいた・・・

オイルの性能評価をする為にかなり走りこんだ

fina-aso-ラリーカー

一般車両と比べるとかなりの性能差はある・・・

fina-aso-テェント

オートポリスでサーキット走行をしてオイル性能のチェックをしているところ・・・


(2) へ続く
posted by 博 at 19:19| 東京 ☔| ランチャデルタインテグラーレHF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

ロードスターの思い出


ロードスター01

俺はマツダのロードスターが好きで
約4年前まで結構乗っていたんだ

マツダのロードスター(海外〈米〉ではミアータロードスター)は
二人乗りでは台数的には世界で一番売れていると言われていたはずだ
(現在は調べてないのでわからないが)

人馬一体感の車
それがロードスター
ロードスターは車と人間が一番コミュニケーションがとれる車だ

ロードスター02

エンジンパワーがちょうどいい
エンジンパワーはありすぎてもなさすぎてもだめ
自然に、乗る人間の心を読んでくれるような
そんな一体感のある車がロードスターといえる

俺はロードスターを当時新車で買った
しかし、俺は自分好みに変えていく
最初まずボディー補強をし
当時のロードスターはハードトップをつける仕様も
あったのだけども、室内にロールバーを組んでしまうと
ほとんどハードトップをつけることができなかった



だから俺は設計変更をして自分の車用に
直してハードトップをつけれるようにした
この車を購入したのは1997年である
約7年くらいは好きで好きで乗り回していた
ほんとに今に比べて若かったし
自分で車を造ろうとする意欲がすごかった気がする

今はそれだけに時間を費やすことができない環境になって
しまったけれど、ひじょうに懐かしい
そんな時期の俺の心はきっと今より充実していたか
あるいは寂しかったかはわからないが
自分のことが中心に考えていたことは確かといえる

自分が楽しければ満足していた時代
やっぱり本当は今より寂しかったのかもしれないなあ

現在の新しい他メーカーのロードスターは
ほとんどが電動ハードトップをつけることができる仕様が
圧倒的に多い
なんと贅沢な時代になったのかと思う
ロードスターは本当はホロが一番だ
オープントップで軽くし
青空仰ぎながら走るロードスターが似合うのに
現在はなぜ重たい電動ハードトップをつけるのかと思う

おれの頃はマツダにも電動仕様はなかった
でもそれがありがたかったし
当然それは自然のことだと思っていたんだ

ロードスター04
しかし本当にかっこいい車だったよ君は

その頃マツダスピード社という所にたのみ
私のロードスターを
エンジンのチューニングの殆んどをたのんだ
たのんだ人間はルマン24時間で
マツダが優勝した時のエンジンに設計者で
とても信頼おける人間だった
彼は一流の腕を持つ人間
1800ccで180馬力仕様
にしてくれてあのリッター100馬力をきっちり出してくれて
とても軽快なNAエンジンを作ってくれたのだ

あー彼ともう一度話がしてみたい・・・
どうしているだろうか・・・
懐かしい

いろいろ事情もありこのロードスターを俺は手放してしまったが
ひじょうに後悔している

悔やまれてならない
ロードスター05

あの時ロードスターもあったのにもう一つ
好きな車であるマツダのRX7を俺は購入した

勿論RX7もそれもいい車だ
しかし何回かしか乗らない時に
俺以外の人間が乗り
事故ってしまった

結局ロードスターを絶対自分が手放さなかったら
RX7も事故によって破損することはなかった気がしてならない
ロードスターは俺のところにいて
もっと走りたかったに違いないんだ

かわいがってその車に執着すると車も答えてくれる
俺はマツダRX7に目移りしてしまった自分を後悔している

結局両車とも今は俺のそばにはいない
そんなものだ

執着する車を大切にする気持ち
車に必ず伝わっていく
それをロードスターは俺に教えてくれた
本当にいい車だった・・・
俺を何年間も楽しませてくれてありがとう


ロードスター03




posted by 博 at 16:07| 東京 🌁| マツダロードスター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

憧れ…アストンマーチン(イギリス)

Aston.db9.coupe.300pix[1].jpg
           アストン・マーチンDB9     フりー百科事典より

俺の乗りたい車の一つ
アストンマーチン
イギリス車の看板車

同じイギリス車でロールスロイスはフォードアセダンの中の最高級
俺の回りでは、秦野中井での昔からの友人なのだが
夫婦で昔からロールスロイスを好んで乗っている
現在はシルバーのロールスロイスに乗っていて
全く絵になるんだよな
さすが世界の最高級車
この車に乗る夫婦はいつの時代も紳士と淑女
実に気持ちもよい夫婦である
気どらないけど、どこか映画にでてくるような気品がある夫婦
ロールスロイスを好む生き方をしている夫婦の姿は
車から感じてしまうのだ

俺はロールスロイスはさすがに向かない気がするが
第一車が大きすぎるし
俺は車は体とともに小気味よく動く車が好きだ
いわゆる「FUN TO DRIVE」ができる車でないと落ち着かない

同じイギリス車でロールスロイスに比べ
アストンマーチンも高級車といわれているが
値段を考えないならば、こちらは本当に楽しめる車であろう

ストイックで重厚な動きだがスポーツカー
高級感よりもスポーティ
ジェームズボンド007ご用達の車という設定(架空の話だから)

そのイメージがいい
なんせボンドカーと言われている

俺としたらDB9が好みなんだけど
どのアストンマーチンもエンジンからトランスミッション、
ボディだって職人が手で組み立てている
というくらいのこだわりがある
なんていったってアストンマーチン
のデザインは
かなりのこだわりを感じてしまう

俺はモーターショーにいくと必ずいくところは
アストンマーチンのところ
他ももちろん行くけれど、
まあ毎年同じ感じで見たり少し感動したり・・・
しかし、アストンマーチンだけは
いつも見るほどドキドキしてしまう
ボディーの色は鈍いメタリックでも、
車自体が俺の心臓に輝いてくる

そんなアストンマーチン
乗れる日は多分一生来ないと思うけれど(いやいやわかんない〜)
思いだけは自由だから
また俺はアストンマーチンをこれからも見つめていこう








posted by 博 at 14:50| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いろんな車達、楽しみをありがとう…車の思い出…1

私は20才の時に初めて自動車を所有して乗ることが出来た。

当時の中古車で25万円であったのを覚えている。

ケンとメリーの愛のスカイライン

2000GTX・白・2ドア・ハードトップ

kenmeri.gif

当時すごい人気だったケンとメリーのスカイライン
今見るとやけに新鮮さを感じてしまう

本当はハコスカのGTRに乗りたかったが

予算がとんでもなく合わなかった。

でもいつかはGTRに乗りたい・・・

当時の日本の車ファンであるならば

そう異論は無いのではないかなあ〜〜


ケンメリはとっても楽しい車でした。

日産プリンスのコマーシャルも頻繁に流れていました。

当時は大田区池上に住んで居りましたが、

夜の第二京浜国道を

ひたすら下っていき伊豆半島をぐるりと

一周して沼津まで行き、246号線を今度は

上っていったり、国道1号線で箱根越えをしたり

・・・とドライブを楽しんでいました。

とにかく私は良く走り回りました。



免許を取って32年が経ちますが、

総走行距離の累計は2200000km以上です。

地球と月の3往復分は走っています。

ほんとです!

今でも半年に50000kmは走ります。

私の職業はトラックヤロー(笑)ではありません。



オイルを開発するために実装テストを兼ねて

とにかく走って走って走って走りました。

そうして商品を比較テストしながら今日に至っています。


これから、少しずつですがいろんな思い出話も含めて

書きたいと思います。







posted by 博 at 11:46| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月14日

やはり宝物だ・・・アルファロメオ




アルファ1
          
 アルファロメオジュリアスーパー1600(改2000)


    
アルファ3
 
                 
 ノスタルジーな私の愛車


以下は前に私の日記ブログでも紹介したけれど
この車ブログには単独でのせます

私は愛する車ジュリアスーパーを持っている
私の自慢の車だ

しかし未だに会社の倉庫に眠りっぱなし・・・
早く動かして街中を通り抜けたい
そんな思いが最近ますます強くなっている自分がいるのである
早く
この車だけに一日中集中できる時間がほしい

しかし今のところなかなか実現できず
でも思いは強くなるばかり・・・
この車を街中で走れるように俺は改造したいんだ


アルファ2

このリアゲートは何ともいえない・いいライン(曲線)を持ている

の郷愁の車アルファロメオは
イタリアの傑作アルファロメオジュリアスーパー
亡くなった親父が当時(私の小学校時代)に乗っていたイメージの車
ブルーバード510、日野コンテッサの面影がすごくある車だ

アルファ

当時の日本のそれらの車をご存知の皆様、そうは思いませんか
私はこの車達とアルファロメオジュリアスーパーといつもダブってしまうのである


アルファロメオジュリアスーパー(以下ジュリア)は
今から約40年前の車にして4輪ディスクブレーキであり
当時の日本では考えられないブレーキ構造であった
すごく走る車・・・しかしそれ以上にすごく止まる車でもある


ジュリアはハイレベルのメカニズムを完璧に備えている
OHVエンジンでもない
3速でも4速のシフトでもない
ドラムブレーキでもない・・・・・・
なんとジュリアは当時の状況からすると考えられないDOHCエンジン!


5速シフト!
そして、4輪ディスクブレーキ!
考えもつかない走行性能
しかし、ブレーキの性能は走行性能と同等かあるいはそれ以上
魅力の塊車‘ジュリア’なのだ! 

アルファ社は、イタリアーノの発想は
傑作であり心から絶賛だ

ブレーキの造りが人並みでは考えられない
普通、人は車というものは、どの位出せるかのスピードに重点を置くが
ジュリアはそれだけではない
スピードと同じくらいにブレーキの構造に重点を置いた車である
イタリアの車の技術力である
昔から考えつかないところに神経をおく
イタリアーノの連中はすごいものがある


フォードアセダン、オーソドックス、地味であるが
ジュリアはイタリア自動車メーカーの中でも憧れの車
技術的には一番の構築を持った車ともいえる


小さくて、軽自動車のサイズであるが・・・しかし2000cc!!(改前は1600cc)
軽い! 
ハンドリングが最高だ!! 
ストッピングがよい! 
そしてストッピングパワーが高い!! 
安心してブレーキに体重をかけられ止まれる車なのだ!!

同じくジュリアのファンの方がいたら話をしたい


それからこれは皆様お気づきだろうか・・・?

車好きプラス映画ファンの方は、すでにご存知かも知れないが・・・

ジュリアは1960年後半から1970年にかけて
イタリア国内のパトカーにも使われていた

実は私は、大の映画狂
家には120インチのスクリーンまであり
一日中映画を楽しんでいる日もあり

今ではジュリアをイタリア映画から探し出すのも趣味である
その当時のイタリア映画のパトカーは殆どジュリアであったと思う
     
ジュリアは、約10年前、山口県の美祢サーキットの傍を走っていた時に出あった
私は追いかけた
なぜ追いかけたかはわからない
ただ見た瞬間、必死でただただ追いかけた

ずっと追いかけているから、ジュリアの運転者も不信に思ったのか止まってくれた
‘君はなぜ私の後を付ける・・・?’
‘貴方ではなくジュリアが走っていたからだ’とは言わなかったけれど

‘この車、私に譲って下さい!’と言った私

突拍子もないことをよく言えたよなあ
このジュリアの持ち主、本当にいい方でその時熱心に私の気持ちを聞いてくれたのだ
なんとジュリアの持ち主ちょうど売ろうと考え始めたところであった
ということでラッキーな話だった

その時25万でジュリアを私は購入
しかし、ジュリアを好みに整備するのに、約その金額の10倍はかかっってしまった
鉄の部材をアルミに換え、車両重量を軽くし
エンジンもノーマルエンジンから、2000ccエンジンに載せ換えて
空車重量790kg、エンジン出力245馬力に換えてしまった

何のためか
それはきっと亡くなった父の面影をも私はジュリアから観ていたのかもしれない
亡父は、ジュリア似のブルーバード510、日野コンテッサに乗っていた大の車好きだっ
とにかくまだまだジュリアの部品足らず
本当にジュリアの味を出してきちんと乗るにはまだまだだけど

ジュリアは目をつぶると浮かんでくる私の青春
その思いが全部つまっている車だ

アモーレ! ジュリア
いつか必ず運転して走るつもりである


コンテッサ関係1
    
あのサファリを走った510・・・印象的・崇拝的車だったブルーバード 

                      
 
コンテッサ関係
   
  
日野コンテッサにも乗っていた親父である・・・いい車でしたね・・・
 

        
コンテッサ1

私が今でも大切にしているジュリアスーパー1600(改造2000)

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